福岡に2泊してそのまま移動した札幌は、4月も半ばというのに雪だった。それでも仕事をキャンセルするわけにはいかず、私はタクシーに飛び乗った。その日は循環器疾患、すなわち高血圧や狭心症などの専門医に取材をすることになっていた。病院にたどり着くと、玄関には私を案内してくれる製薬会社の現地職員が待っていた。
-いや、お寒い中をご苦労様です。
40代半ばと思われるその男性は、親しげな中にも落ち着きがあり、ある程度の地位にある人間と見受けられた。
-とんでもない、わざわざお出迎えいただきありがとうございます。
私も、失礼のないように応じた。
-まったく、春になったと思ったらまた雪ですよ。東京から来られたお人なら、札幌はまだ雪だったよって、土産話の1つにもなるかもしれませんが、私ら地元の人間はもう勘弁してくれって感じです。
-そうですか。私も驚きました。千歳は雨だったんですけどね、札幌に向かう途中から真っ白でした。
-私はここに来て18年になりますが、1度だけ5月のゴールデンウィークに雪が降ったことがあるんです。それ以来、5月まではスタッドレスタイヤを外さないようにしています。
午前中の診療が長引いているとかで、私たち2人は少し待たされることになった。病院の待合室にはまだ5~6人患者と思しき人たちがおり、30~40分は遅れそうだった。
-廣川さんは、ゴルフをなさるんですね
唐突な質問だった。
-ええ、どうしておわかりに・・・
-それですよ
彼は私の胸元を指差した。いつも私は、ゴルフクラブの形をしたネクタイピンを付けている。理由はもちろんゴルフが好きだからだが、見知らぬゴルファーと出会いたいという微かな期待もある。この日も1人、思いがけない獲物(失礼)が食いついた。
-あなたもゴルフ、やられますか。
-はい少し。実は、弟が札幌の郊外でゴルフ場の支配人をしてまして、安くなるわけじゃないんですが、夏は早朝とか午後とか・・・。
-それはうらやましい。寒い地域に住んでいる方たちは、皆さんゴルフがお上手なんですよね。
-えっ、そんなことはないでしょう。
-これは持論なんですけどね、ゴルフができない季節がある土地の方たちは、春の来るのを今か今かと待つでしょう。その待つ間に素振りをしたり、本を読んだり、パットの練習をしたりと、それはそれは熱心に準備をすると聞いています。実は私はアメリカにしばらく住んでいたことがあるんですが、1年中ゴルフができるカリフォルニアの駐在員より、冬は雪に覆われるニューヨークやシカゴの駐在員のほうがゴルフがうまいという印象がある。熱意が違うってことでしょうかね。
-まあ、確かに北海道にいると、春が来るのが待ち遠しいですよ。だいたいどこのゴルフ場でも11月の半ばあたりからクローズになって、早ければ4月の半ば、遅くとも末には開場になるんですが、開場日はちょっとしたお祭りです。
-そうすると弟さんのところは、この雪でまた開場が遅れるんですかね。
-いや、そんなことはありません。開場日はあらかじめ決めているんです。その日になったら、何としても開ける。だってそうじゃないと予約も取れないでしょ。
-でも雪が積もってたらどうするんです。
-それがですね、毎年ほとんど積もってるんですよ。でも開場日と決めたら、その日の朝から、従業員総出でコースの雪をどけるんです。もちろん支配人が先頭に立ってやります。
私はだまって何度もうなづきながら、見知らぬ北のゴルファーたちの無数の笑顔を思い浮かべた。そしてなぜか、うらやましくも思った。
廣川亜太郎(ひろかわ あたろう)
医療ジャーナリスト 1951年生まれ 横浜在住
全米生活25年、その間にゴルフ場支配人を経験、30代後半に北カルフォニア公認ハンデキャップ6
現在はハンディキャップ14。「スコアは、ゴルフの神の思い召し」が信条。
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