
-大人になったなって思う時...
それは若い時の嫌なことを全部思い出して恥ずかしくなる時かな...
最近ときどき耳にする、テレビCMのビートたけしの台詞だ。
マスクをしたまま唾を吐いてしまったり、顔を洗いながら小指で鼻の穴を思い切り突いて、大量の血を流すこともある私は、歳をとっても恥ずかしいことばかりだが、若いときの失態は、恥ずかしいどころかひたすら心が痛む。
私が17歳のころ、姉が嫁ぎ先で重い病気を患い、母が泊りがけの助っ人でひと冬家を空けたことがあった。一人で冬休みを過ごすことになった私は、果物屋を営んでいた同級生の家にやっかいになることになった。年末は忙しいので手伝ってくれれば助かると、友人の母親が快く引き受けてくれたのである。実のところは、私に一人暮らしはまだ無理だろうと案じた母の密かな根回しによるものだったのだが、わかったのは随分あとのことだった。
姉の家に移る日の朝、母は衣類をボストンバックに詰めながら私にこういった。
-クリスマスは帰ってくるから、あんたも戻っておいで。ケーキぐらい買っておくから。
-うん、わかった。
母の心配をよそに、私の心は未知の冒険の始まりに浮き立っていた。
友人は自宅近くのアパートの一間を、勉強部屋として与えられていた。そこに私が転がり込んだものだから、悪友たちがすぐに集まり、麻雀三昧の日々となった。青春の大事な時期に冒険などとは程遠い、およそ非生産的な毎日を過ごしたのである。それでも25日のクリスマスだけは母の言葉を思い出し、ワルたちのしつこい誘いを振り切って私は家に戻った。するとテーブルの上に、私の好物のイチゴのケーキと、走り書きの伝言が残されてあった。
-一晩待ったけど、来ませんでしたね。きっと元気にアルバイトしてるのね。お姉ちゃんがまだよくないので、私は戻ります。○○君のお母さんに迷惑かけないように。くれぐれもよろしく伝えてください。母より
私は、すぐに姉の家に電話をかけた。
-なんだよ、クリスマスっていってたじゃん
-クリスマスって24日でしょ
-それは、クリスマスイブだよ、ったくぅ
-あら、そうだったかしら、ごめんごめん
私は母をなじりながらも、後悔で胸が張り裂けそうだった。母が今か今かと私を待っていたに違いないイブの夜に、私はポンだチーだと騒いでいたのだから。
そんなことがあっても、若者は過去を振り返らない。その後も何度母の気持ちを裏切ったことだろう。バンドをやるから高校を辞めるといい、役者になるから大学へは行かないといい、結局は大学に入学したものの、俺は実業家になるんだと中退した。そしてその挙句、
-まるで逃げ出すみたいじゃないの。
と、嘆く母の言葉を押し切り、私は渡米した。
それから25年後、母は脳梗塞で倒れた。親不孝息子はあわてて帰国し、介護を開始した。といっても、実のところその介護も家内任せで、私は大したことはしていない。そんなことを思い返していると、万感迫るものがあり、たまには家内と一杯やろうと思い立った。居間をのぞくと、彼女はテレビを見ていた。
-最近、鎌倉で公民館買うのが流行ってるんだってぇ...
-ほう、地方行政も赤字だっていうからな
そういいながら画面に目をやると、それは古民家だった。オイといいかけて、私は言葉を飲み込んだ。まあいいさ、今夜は黙ってとっておきのワインを開けることにしよう。
廣川亜太郎(ひろかわ あたろう)
医療ジャーナリスト 1951年生まれ 横浜在住
全米生活25年、その間にゴルフ場支配人を経験、30代後半に北カルフォニア公認ハンデキャップ6
現在はハンディキャップ14。「スコアは、ゴルフの神の思い召し」が信条。
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