タイの人々はあまり家でごはんをつくらない。特に首都バンコクではほとんど自炊しない。屋台で持ち帰りすることがほとんどだ。屋台も心得たもので、あらかじめビニール袋に入れた持ち帰り用をちゃんと用意している。外食ばかりだと高くつきそうなものだが、タイではむしろその逆で、家でつくるよりも安く上がる。タイの屋台はどこでなにを食べてもおいしい。屋台が安くておいしいとなれば、誰も自炊しなくなっても不思議はない。
2010年5月現在、バンコクの中心部は反政府勢力に占拠されている。"反政府勢力"が"占拠"などと書くとなにやら物々しいが、タクシン前首相を支持する人々が赤シャツを着て座りこみをしているというのが実状だ。対するアピシット現首相派は黄シャツなのだが、着ていると危ないめに遭うのであまり見かけない。他にも、白やらピンク、青などがいるようだが、ここまで多色化されるとどの色がなにを主張しているのやらよくわからない。
座りこみはすでに2ヶ月以上続いている。日本で言えば渋谷のスクランブル交差点に、赤いシャツを着た老若男女が大勢で座っているようなものだ。ときどき均衡が崩れて、衝突が起こったり、強硬派が敵対勢力を爆破したりするものの、ほとんどの時間はいかにもタイらしく流れている。つまり、"反政府勢力"の"占拠"なのにゆるいのである。
デモ中でもおなかは空く。おなかが空いたら屋台が要る。食べたらトイレにも行きたいし、暑いからシャワーも浴びたい。だから、赤シャツのエリアには屋台はあるわ、簡易トイレはあるわ、即席シャワールームまである。どこから電気を引いているのか、扇風機だって回っている。食べ物の屋台だけでなく、赤シャツグッズはともかく、全然関係ないみやげものの出店まで並んでいる始末。そもそも勤め人は一日中道ばたに座っているわけにはいかないだろうから、ここにいる人々はみな勤め人ではないのである。
黄色い袈裟着た坊さんを天井の上に乗せたバンがたまに走る。坊さんはなにやら座りこみの人々に声かけながら、藁束のようなもので水をかける。暑さがピークに達する昼下がりには、みんなこぞって昼寝している。総出で座りこんでいる家族もいるので子供も多い。
タクシン前首相にしてもアピシット現首相にしても華僑である。大勢人が集まるところは儲かるとばかりに、デモ隊に屋台を出す発想もいかにも商売人の華僑っぽい。もしタイに宗教対立や民族紛争があったなら、とてもこんなお祭り気分ではすまないだろう。とはいえ、赤シャツエリアを少し外れると装甲車も狙撃班も待機している。このタイ特有のいつもどおりのゆるさは、台風の目の中ゆえの嵐の前の静けさでもある。
占拠されている中心部では、デパートもスーパーも営業できない。非常事態宣言が出ているので観光客も来ない。タイは今、商売上がったりだ。人々が暑さと危険に身をさらしたわりに結局儲かっていないことに気づけば、自然と収束していくのかもしれない。

1.反政府勢力占拠中。周辺は屋台がいっぱい。
片岡恭子(かたおか・きょうこ)
1968年、京都府生まれ。同志社大学文学研究科修士課程修了。同大学図書館司書として勤めた後、スペイン留学。さらに3年に渡って中南米を放浪。ベネズエラで不法労働中、テレビ番組をコーディネート。帰国後、NHK『地球ラジオ』にカリスマバックパッカーとして出演。下川裕治氏が編集長を務める旅行雑誌『格安航空券&ホテルガイド』で「バッカー列伝」を連載開始。その後まもなく日本語講師アシスタントとしてフィリピンに滞在したのがきっかけとなり、『地球の歩き方 フィリピン』を編集、執筆する。現在は雑誌記事やガイドブックなどを執筆するかたわら、阿佐ヶ谷LoftAで『旅人の夜』という旅イベントを主催している。2011年現在、44ヶ国を歴訪。世界遺産にも詳しく、2007年8月に放送されたNHK『プレムアム10』「プロが選ぶ世界遺産ベスト30」に出演し、フィリピンの棚田を紹介した。中南米、フィリピンを得意とする秘境者(ひきょうもの)として活躍中。
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